システム開発プロジェクトにおけるイコールパートナーシップに関する次の記述を読んで,設問に答えよ。
S社は,ソフトウェア会社である。予算と期限の制約を堅実に守りながら高品質なソフトウェアの開発で顧客の期待に応え,高い顧客満足を獲得している。開発アプローチは予測型が基本であり,プロジェクトを高い精度で正確に計画し,変更があれば計画を見直し,それを確実に実行するという計画重視の進め方を採用してきた。
S社のT課長は,この8年間プロジェクトマネジメントに従事しており,現在は12名の部下を率いて,自ら複数のプロジェクトをマネジメントしている。数年前から,プロジェクトを取り巻く環境の変化の速度と質が変わりつつあることを肌で感じており,S社のこれまでのやり方では,これからの環境の変化に対応できなくなると考えた。そこで,適応型開発アプローチや回復力(レジリエンス)に関する勉強会に参加するなどして,変化への対応に関する学びを深めてきた。
〔予測型開発アプローチに関するT課長の課題認識〕
T課長は,これまでの学びを受けて,現状の課題を次のように認識していた。
・顧客の事業環境は,ここ数年の世界的な感染症の流行などの影響で大きく変化している。受託開発においては,要件や契約条件の変更が日常茶飯事であり,顧客が求める価値(以下,顧客価値という)が,事業環境の変化にさらされて受託当初から変わっていく。この傾向は今後更に強まるだろう。したがって,①これまでの計画重視の進め方では,S社のプロジェクトの一つ一つの活動が顧客価値に直結するか否かという観点で,プロジェクトマネジメントに関する課題を抱えることになる。
・顧客価値の変化に対応するためには,顧客もS社も行動が必要であるが,顧客は,購買部門の意向で今後も予測型開発アプローチを前提とした請負契約を継続する考えである。そこで,しばらくは予測型開発アプローチに軸足を置きつつ,適応型開発アプローチへのシフトを準備していく。具体的には,計画の精度向上を過度には求めず,顧客価値の変化に対応する適応力と回復力の強化に注力していく。このような状況の下では,まずS社が行動を起こす必要がある。
・これまでS社は,協力会社に対して,予測型開発アプローチを前提とした請負契約で発注してきたが,顧客価値の変化に対応するためには,今後も同じやり方を続けるのが妥当かどうか見直すことが必要になる。
〔協力会社政策に関するT課長の課題認識〕
S社は,これまで,“完成責任を全うできる協力会社の育成”を掲げて,協力会社政策を進めていた。その結果,協力会社のうち3社を予測型開発アプローチでの計画や遂行の力量がある優良協力会社に育成できたと評価している。
しかし,T課長は,現状の協力会社政策には次の二つの課題があると感じていた。
・顧客との契約変更を受けて行う一連の協力会社との契約変更,計画変更の労力が増加している。これらの労力が増えていくことは,プロジェクトの一つ一つの活動が顧客価値に直結するか否かという観点で,プロジェクトマネジメントに関する課題を抱えることになる。
・顧客から請負契約で受託した開発プロジェクトの一部の作業を,請負契約で外部に再委託することは,プロジェクトの制約に関するリスク対応戦略の“転嫁”に当たるが,実質的にはリスクの一部しか転嫁できない。というのも,委託先が納期までに完成責任を果たせなかった場合,契約上は損害賠償請求や追完請求などを行うことが可能だが,これらの権利を行使したとしても,②プロジェクトのある制約に関するリスクについては,既に対応困難な状況に陥っていることが多いからである。
さらにT課長には,請負契約で受託した開発プロジェクトで,リスクの顕在化の予兆を検知した場合に,顧客への伝達を躊躇したことがあった。これは,リスクが顕在化し,それを顧客に伝達した際に,顧客から契約上の規定によって何度も細かな報告を求められた経験があったからである。このような状況になると,PMやリーダーの負荷が増え,本来注力すべき領域に集中できなくなる。また,チームが強い監視下に入り,メンバーの士気が落ちていくことを経験した。そしてT課長は,自分自身がこれまで,協力会社に対して顧客と同様の行動をとっていたことに気づき,反省した。
T課長は,顧客とS社,S社と協力会社との間で,リスクが顕在化することによって協調関係が乱れてしまうのは,これまでのパートナーシップにおいて,発注者の優越的立場が受託者に及ぼす影響に関する認識が発注者に不足しているからではないか,と考えた。このことを踏まえ,発注者の優越的立場が悪影響を及ぼさないようにしっかり意識して行動することによって,顧客とS社,S社と協力会社とのパートナーシップは,顧客価値の創出という目標に向かってより良い対等な共創関係となることが期待できる。そこで,顧客とS社との間に先立ち,S社と協力会社との間でイコールパートナーシップ(以下,EPSという)の実現を目指すことを上司の役員と購買部門に提案し,了解を得た。
〔パートナーシップに関する協力会社の意見〕
T課長は,EPSを共同で探求する協力会社として,来月から始まる請負契約で受託した開発プロジェクトで委託先として予定している優良協力会社のA社が最適だと考えた。A社のB役員,PMのC氏とは,仕事上の関係も長く,気心も通じていた。
T課長はA社に,次回のプロジェクトへの参加に先立って③EPSの“共同探求”というテーマで対話をしたい,と申し入れた。そして,その背景として,これまで自分が受託者の立場で感じてきたことを踏まえ,A社に対する行動を改善しようと考えていることと,これはあくまで自分の経験に基づいた考えにすぎないので多様な視点を加えて修正したり更に深めたりしていきたいと思っていることを伝えた。A社の快諾を得て,対話を行ったところ,B役員及びC氏からは次のような意見が上がった。
・進捗や品質のリスクの顕在化の予兆が検知された場合に,S社に伝えるのを躊躇したことがあった。これは,T課長と同じ経験があり,自力で何とかするべきだ,という思いがあったからである。
・急激な変化が起こる状況での見積りは難しく,見積りと実績の差異が原因で発生するプロジェクトの問題が多い。このような状況では,適応力と回復力の強化が重要だと感じる。
・S社と請負契約で契約することで計画力や遂行力がつき,生産性を向上させるモチベーションが上がった。S社以外との間で行っている業務の履行割合に応じて支払を受ける準委任契約においても善管注意義務はあるし,顧客満足の追求はもちろん行うのだが,請負契約に比べると,モチベーションが下がりがちである。
〔T課長がA社と探求するEPS〕
両社はS社の購買部門を交えて対話を重ね,顧客価値を創出するための対等なパートナーであるという認識を共有することにした。そこでS社は発注者の立場で④あることをしっかりと意識して行動することを基本とし,A社は,顧客価値の創出のためのアイディアを提案していくことなどを通じて,両社の互恵関係を強化していくことにした。また,今後の具体的な活動として,次のような進め方で取り組むことを合意した。
・リスクのマネジメントは,両社が自律的に判断することを前提に,共同で行う。
・見積りは不確実性の内在した予測であり,計画と実績に差異が生じることは不可避であることを認識し,計画の過度な精度向上に掛ける労力を削減する。フレームワークとして,PDCAサイクルだけでなく,行動(Do)から始めるDCAPサイクルや観察(Observe)から始めて実行(Act)までを高速に回す a ループも用いる。
・計画との差異の発生,変更の発生,予測困難な状況の変化などに対応するための適応力と b を強化することに取り組む。 b を強化するためには,チームのマインドを楽観的で未来志向にすることが重要であるという心理学の知見を共有し,リカバリする際に,現実的な対処を前向きに積み重ねていく。特に,状況が悪いときこそ,チームの士気に注意してマネジメントする。
・顧客価値の変化に対応するために,契約については,請負契約ではなく,2020年(令和2年)4月施行の改正民法において準委任契約に新設された類型である c 型をベースとして,これまでの請負契約での工程ごとの検収サイクルと同一のタイミングで,成果物の納入に対して支払を行う。
・さらに今後は,顧客価値の対象のうち必ずしも明確な成果物がないものが含まれることを鑑みて,コスト・プラス・インセンティブ・フィー(CPIF)契約の採用について検討を進める。この場合,S社は委託作業に掛かった正当な全コストを期間に応じて都度支払い,さらにあらかじめ設定した達成基準をA社が最終的に達成した場合には,S社はA社に対し d を追加で支払う。
T課長は,この試みによって,EPSの現実的な効果や課題などの経験知が得られるとともに,両社の適応力と b が強化されることを期待した。そして,この成果を基に,顧客を含めたEPSを実現し,より良い共創関係の構築を目指していくことにした。
設問1 〔予測型開発アプローチに関するT課長の課題認識〕の本文中の下線①について,どのようなプロジェクトマネジメントに関する課題を抱えることになるのか。35字以内で答えよ。
解答・解説
解答例
顧客価値に直結しない計画変更に掛ける活動が増加していくという課題
解説
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設問2 〔協力会社政策に関するT課長の課題認識〕の本文中の下線②について,既に対応困難な状況とはどのような状況か。35字以内で答えよ。
解答・解説
解答例
どんなに資源を投入しても,納期に間に合わせることができない状況
解説
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設問3 〔パートナーシップに関する協力会社の意見〕の本文中の下線③について,T課長は,“共同探求”の語を入れることによってA社にどのようなメッセージを伝えようとしたのか。20字以内で答えよ。
解答・解説
解答例
A社の視点を加えてほしいこと
解説
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設問4 〔T課長がA社と探求するEPS〕について答えよ。
(1)本文中の下線④のあることとは何か。30字以内で答えよ。
解答・解説
解答例
優越的な立場が悪影響を及ぼさないようにすること
解説
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(2)両社はリスクのマネジメントを共同で行うことによって,どのようなリスクマネジメント上の効果を得ようと考えたのか。25字以内で具体的に答えよ。
解答・解説
解答例
最速で予兆を検知して,協調して対処する。
解説
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(3)本文中の a 〜 d に入れる適切な字句を答えよ。
解答・解説
解答例
a:ooda
b:回復力
c:成果報酬 又は 成果完成
d:インセンティブ・フィー
解説
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(4)両社は改正民法で準委任契約に新設された類型を適用したり,今後はCPIF契約の採用を検討したりすることで,A社のプロジェクトチームに,顧客価値の変化に対応するためのどのような効果を生じさせようと考えたのか。25字以内で答えよ。
解答・解説
解答例
生産性向上のモチベーションを維持する。
解説
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IPA公開情報
出題趣旨
プロジェクトマネージャ(PM)は,プロジェクトの置かれた環境に合わせてプロジェクトを遂行し,その中で,自社だけでは遂行できない活動を外部組織に委ねることがある。
本問では,変化にさらされる環境において,計画重視の進め方から,変化に対応する適応力と回復力の強化に注力していこうとする状況下で,協力会社との新しい関係を考える場面を題材として,プロジェクトにおける協力会社とより良い共創関係となることが期待できるイコールパートナーシップについての実践的なマネジ メント能力を問う。
採点講評
問 2 では,顧客が求める価値の変化に対応するシステム開発プロジェクトを題材に,変化に対応する適応力と回復力の重視への転換を目指した,協力会社とのパートナーシップの見直しについて出題した。全体として正答率は平均的であった。
設問 2 の正答率は平均的であったが,“顧客から何度も細かな報告を求められる”,“チームが強い監視下に入り,メンバーの士気が低下する”など,顧客へ伝達した際の事象を記述した解答が見られた。
設問 4(2)は,正答率がやや低かった。“適応力と回復力の強化”のような,共同で行うリスクのマネジメントから焦点が外れた解答が見られた。設問文をよく読んで,解答してほしい。
プロジェクトマネージャとして,委託元と委託先とのより良い共創関係がもたらす価値に注目して行動してほしい。