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PM 令和2年度秋期 午後Ⅰ 問3

 

SaaSを利用した人材管理システム導入プロジェクトに関する次の記述を読んで,設問1〜3に答えよ。

 R社は,中堅の旅行会社である。同業他社と比較して離職率が高く,経験ある社員のノウハウを生かしたサービスを提供できていないことが経営課題である。“R社では自身の成長が期待できない”という退職理由が一番多かったことから,人材を戦略的に活用できる経営(以下,人材戦略経営という)の実現に向けて,人材管理制度を大幅に見直すことにした。
 R社の人材管理制度は,人材情報管理業務,人事評価業務及び教育研修業務の3業務で運用しており,現在は表計算ソフトを用いた手作業で業務を行っている。運用には人事部,各部の部長及び課長が関与し,一般社員も被評価者として関与している。人材情報のうち,キャリア形成に必要となる業務経験などの管理はできていない。また,透明性のある人事評価や,スキル標準の定義,教育研修の正確な受講管理も行えていない。

〔人材管理システムの導入計画〕
 R社は一刻も早く離職率を低下させるために,人材管理制度を見直した上で,制度の運用に使う人材管理システムを導入する計画を9月末に次のとおり決定した。

・人材戦略経営の実現に向けて,スピード感をもって,できるところから取り組むために,計画の第1段階では人事評価の透明性の確保を目標とし,1年半後には社員が“人事評価の透明性が高まった”と認知できる状態とすることを目指す。その後,第2段階では,スキル標準を定義した上で,社員のキャリア形成を推進することを目標とし,3年半後の達成を目指す。そのために早急に人材管理制度を見直した上で人材管理システムを導入し,各社員の所属部署,職種,職位,目標・実績達成度,業務経験,受講した研修などの人材情報の一元管理と正確なデータ分析を可能とする。

・人材管理システムとしては,迅速に導入でき,人材戦略経営を実現するシステムとして定評があるA社のSaaSを利用する。A社のSaaSは,今後のR社の人材管理制度を実現する上で優れており,標準機能で多様な業務プロセスが実現できる。標準機能を十分に活用して,費用対効果を高める。具体的には,見直した人材管理制度に沿って,標準機能で構成される標準モデルを参考に3業務の新たな業務プロセスを定義する。その上で,社員に新たな人材管理制度と,3業務の業務プロセスを周知徹底する。

・1年半後の第1段階の目標達成に向けて,評価サイクルの開始タイミングである半年後の来年4月に人材管理システムを必ず稼働させる。新たな人材管理制度及び業務プロセスによって人材情報を登録,更新した後,2年後に人材管理システムで利用する標準機能の範囲を拡大して稼働させ,3年半後の第2段階の目標達成を目指す。

 

 人材管理システム導入プロジェクトが立ち上げられ,プロジェクトマネージャ(PM)として情報システム部のS課長が任命された。S課長は,標準機能を十分に活用することが,費用対効果を高めるだけでなく,人材戦略経営の実現に重要となると考えた。S課長は,プロジェクト計画の作成に取り掛かり,A社のSaaSの利用方法の検討を開始した。

A社のSaaSの利用方法
 A社のSaaSは,利用する標準機能の選択範囲及び利用者数に応じて課金される。標準機能はパラメタ設定だけで迅速に利用可能であるが,カスタマイズをすると時間が掛かる上に追加費用が必要となる。A社のSaaSは,標準機能が半年に一度拡張,改善される点に特長がある。S課長は,人材戦略経営を実現するためにはこの特長を生かし,拡張,改善される標準機能を利用し続けることが重要であると考えた。拡張,改善される標準機能を迅速かつ追加コストなしで利用可能とするためには,A社のSaaSの標準データ項目それぞれの仕様(以下,標準データ項目仕様という)に従ってデータを登録する必要がある。
 S課長は,次に示す対応を行うことで費用対効果を高めることができると考えた。

・それぞれの段階で利用する標準機能の選択に際し,十分な効果の創出が期待できるか否かを判断基準の一つとする。

・カスタマイズを最小化する。

・第2段階の目標達成に対して必要な準備を,第1段階から着実に進める。

 

 ここで,効果の創出が期待できる標準機能を中心に選択し,カスタマイズを最小化して人材管理システムを導入することは,費用対効果を高めることに加え,第1段階でのあるリスクの軽減にも寄与すると考えた。
 S課長は,ITストラテジストに依頼し,表1のとおり,標準機能それぞれがどのような効果を創出できるのかを取りまとめた。

表1 標準機能及び効果
業務 標準機能 効果
人材情報管理 人材情報一元管理管理 人材情報の一元管理による業務効率改善
人事評価 目標実績達成度管理 目標・実績達成度の経年履歴の可視化,達成度判定の透明性向上
キャリア形成 経年の業務経験及び所属部署に基づくキャリア形成の可視化
教育研修 研修受講管理 研修受講状況の把握及び適切なタイミングでの受講指示
研修アンケート管理 研修受講結果の可視化
スキル認定 経年の業務経験及び研修受講結果に基づくスキル標準に沿った保有スキルの可視化

 表計算ソフトで管理している各社員の人材情報データ(以下,現データという)の多くは標準データ項目仕様と異なる。また,現データでは標準データ項目に該当するデータの全てを管理しているわけではない。S課長は,標準データ項目仕様に従ってA社のSaaSに現データを移行又は新規登録して,人材管理システムの人材情報データを整備することにした。
 さらに,S課長はキャリア形成機能及びスキル認定機能は,第1段階では効果の創出が難しいと考えた。そこで,スキル認定機能は第1段階の利用対象外とする一方,キャリア形成機能は第1段階から部分的に利用し,毎年の業務経験に関するデータを蓄積することにした。

プロジェクト体制及び要件定義の作業方法
 S課長は,目標達成のためには,人事評価を行う立場の利用者が,人材管理制度を理解した上で,第1段階の業務プロセスの定義に自らの立場を踏まえて主体的に取り組むこと,及び社員の人材管理に対するニーズをかなえることが重要であると考えた。そこで,S課長は,プロジェクトのメンバとして情報システム部,人事部に加え,人事評価を行う立場の利用者である各部の部長及び課長の代表者を選任することにした。
 一方,カスタマイズを最小化するために,S課長は利用者要求事項の大部分を標準機能で実現できる範囲に収めたいと考えた。第1段階の要件定義の作業では,まずA社に依頼して,第2段階で利用する予定の機能も含めた,標準機能で構成される標準モデルをそのまま用いたデモンストレーションを実施し,標準機能のままでも多様な業務プロセスが実現できることをメンバに理解させることにした。次に,標準モデルを参考にR社の組織・職種などを考慮して第1段階で利用する機能を標準機能で実現したプロトタイプを作成し,利用者それぞれの立場を踏まえた,かつ,社員の人材管理に対するニーズを考慮した利用者要求事項を洗い出すことにした。

会議におけるコミュニケーション方法
 R社の従来のプロジェクトでは,会議資料を電子メールに添付して共有していた。メンバによっては多数の電子メールをさばききれず,確認漏れや古い資料を見ての回答が多数発生し,認識齟齬のままプロジェクトが進み,手戻りが生じることもあった。今回のプロジェクトはメンバが増えたことから,より多くの情報共有や意見交換をする状況が発生する。S課長はより正確にコミュニケーションができるようにしたいと考え,B社のビジネス向けチャットツールを使うことにした。
 S課長は検討テーマごとにチャットルームを用意し,表2に示す運用ルールを定めて,より正確なコミュニケーションを促すことにした。また,チャットルームのログを要件定義の作業の成果物に追加することにした。

表2 B社のビジネス向けチャットツールの運用ルール
実施タイミング 実施内容
会議開催2日前まで

・会議主催者が,討議資料を当該テーマのチャットルームに投稿する。

・討議資料の内容を変更する場合は,会議主催者が変更履歴付きで上書き更新する。

会議開催当日

・会議開催時刻前までに,欠席者は意見をチャットルームに投稿する。

・会議主催者は,討議資料を説明後,欠席者の意見を読み上げる。

会議開催翌日から3日後まで

・会議主催者が,議事録をチャットルームに投稿する。議事録には討議内容及び討議結果に加え,欠席者からの意見への対応を明示する。

・議事録に対する意見があるメンバは意見をチャットルームに投稿する。

会議開催4日後から5日後まで

①会議主催者は,議事録閲覧の有無を確認し,閲覧していないメンバに閲覧を促すプッシュ通知をする

・議事録に対する意見を踏まえ,必要に応じて会議主催者が変更履歴付きで議事録を上書き更新する。

 以上の整理を含め,S課長はプロジェクト計画を完成させた。

設問1 〔A社のSaaSの利用方法]について,(1)〜(3)に答えよ。

 

(1)効果の創出が期待できる標準機能を中心に選択し,カスタマイズを最小化して人材管理システムを導入することは,費用対効果を高めることに加え,第1段階でのどのようなリスクの軽減に寄与するとS課長は考えたか。30字以内で述べよ。

 

解答・解説
解答例

 人材管理システムの稼働が来年 4 月から遅延するリスク

解説

 ー

 

(2)S課長が,標準データ項目仕様に従ってA社のSaaSに現データを移行又は新規登録して,人材管理システムの人材情報データを整備することにした狙いは何か。30字以内で述べよ。

 

解答・解説
解答例

 拡張,改善される標準機能を利用し続けるため

解説

 ー

 

(3)S課長が,キャリア形成機能を第1段階から部分的に利用し,毎年の業務経験に関するデータを蓄積することにした狙いは何か。35字以内で述べよ。

 

解答・解説
解答例

 第 2 段階で経年情報を使ってキャリア形成の可視化を行うため

解説

 ー

 

設問2 〔プロジェクト体制及び要件定義の作業方法〕について,(1),(2)に答えよ。

 

(1)S課長は,人事評価を行う立場の利用者が自らの立場を踏まえて,第1段階の業務プロセスの定義に主体的に取り組むことが重要であると考えたが,各部の部長及び課長の代表者にはどのような役割を果たすことを期待してプロジェクトのメンバとして選任することにしたのか。30字以内で述べよ。

 

解答・解説
解答例

 ・人事評価業務の運用ができるかどうかを確認する役割
 ・人材管理システムに対する利用者要求事項を提示する役割

解説

 ー

 

(2)S課長は,メンバが標準機能のままでも多様な業務プロセスが実現できることを理解することで,どのような効果を狙えると考えたか。35字以内で述べよ。

 

解答・解説
解答例

 利用者要求事項の大部分を標準機能で実現できる範囲に収める効果

解説

 ー

 

設問3 〔会議におけるコミュニケーション方法〕について,(1),(2)に答えよ。

 

(1)表2中の下線①に示したように,会議主催者が議事録を閲覧していないメンバに閲覧を促すプッシュ通知をすることによって,どのようなリスクを軽減できるか。25字以内で述べよ。

 

解答・解説
解答例

 認識齟齬のまま進み手戻りが生じるリスク

解説

 ー

 

(2)S課長は,なぜチャットルームのログを要件定義の作業の成果物に追加することにしたのか。その理由を25字以内で述べよ。

 

解答・解説
解答例

 討議結果の根拠となる意見の記載があるから

解説

 ー

 

IPA公開情報

出題趣旨

 プロジェクトマネージャ(PM)は,プロジェクト計画の作成に当たり,プロジェクトの要求事項を収集し,将来のリスクがプロジェクトに与える影響を考慮し,全体調整を図った上で,一貫性のある実行可能な計画とする必要がある。
 本問では,SaaS を利用した人材管理システムを導入するプロジェクトを題材として,SaaS の特徴を踏まえて拡張性を生かした導入方法,データ整備方法,デモンストレーションやプロトタイプを有効活用した要件定義の方法,プロジェクトのメンバが正確にコミュニケーションする手段について,PM としてのプロジェクト計画作成の実践的な能力を問う。

採点講評

 問 3 では,SaaS を利用する人材管理システム導入のプロジェクト計画の作成について出題した。全体として 正答率は高かった。
 設問 1(2)は正答率が平均的であったが,カスタマイズの最小化による導入コスト削減・導入期間短縮だけに 着目した解答が散見された。SaaS の特長を生かして人材戦略経営を実現するために,プロジェクトマネージャが拡張,改善される標準機能を利用し続けることが重要であると考えた点に着目して解答してほしかった。
 設問 3(2)は,正答率が低かった。チャットルームのログに含まれる情報を記載するだけで,その必要性に関する説明がない解答が多かった。要件定義作業においては討議結果の根拠を明確にすることが重要であり,プロジェクトマネージャがそのために必要な資料を成果物にしようと考えた点を理解してほしかった。

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