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AU 令和2年度秋期 午後Ⅰ 問1

   

デジタルトランスフォーメーション推進プロジェクトの監査に関する次の記述を読んで,設問1〜5に答えよ。

 製造業のP社では,昨年度から3年間の中期経営計画に基づいて,売上の拡大,収益力の強化などと併せて,“デジタル経営構想”の取組を進めている。“デジタル経営構想”は,P社におけるデジタルトランスフォーメーション(以下,DXという)の推進を狙いとしており,P社の事業にとって重要な取組となっている。そのため,2年目の活動を進めるに当たって,監査室では,T氏がシステム監査人となり,“デジタル経営構想”の推進状況について監査を行うこととした。

〔“デジタル経営構想”の概要〕
 T氏は,予備調査として,中期経営計画における“デジタル経営構想”の内容を確認した上で,経営企画室長にヒアリングを行った。その結果は次のとおりである。

(1)DXの捉え方
 P社では,DXを“多様な大量データや先進のデジタル技術を利用して,様々な業務の効率向上・迅速化や,製品・サービスの高度化と新機能の提供によって,業務改革と製品・サービスの価値向上を実現すること”と定義し,図1のように捉えている。

 


図1 “デジタル経営構想”におけるDXの捉え方

(2)推進体制
 “デジタル経営構想”を推進するために,昨年度から社内の各部門が参画したDX推進プロジェクト(以下,DX-PJという)が発足している。経営企画室がDX-PJの事務局となり,各部門の代表者によるDX-PJ定例会を月次で開催し,進捗状況を確認している。

(3)DX-PJの活動目標
 DX-PJでは,各部門に共通する活動目標を,表1のように定めている。

 

 
年度 各部門に共通する活動目標
1年目 ・事業の方向性に沿ってDX-PJの活動テーマを部門ごとに3件程度選定
・活動テーマの取組順序を検討して,3年間の実行計画を策定
・活動テーマに即した仮説を設定した上で,仮説を基にPoC(Proof of Concept:概念実証)を試行的に実施
2年目 ・仮説を基にPoCを本格的に実施
・PoCの結果を基に業務改革と製品・サービスの価値向上を推進
3年目 ・業務改革と製品・サービスの価値向上の結果を生かした部門業績の向上
・各部門での活動成果をほかの部門へ展開
・次期の中期経営計画のための活動計画策定

〔DX-PJの活動状況〕
 T氏は,予備調査として,DX-PJ定例会の議事録を閲覧して,DX-PJの活動状況を把握した。その概要は,次のとおりである。

(1)製品部門では,1年目に,AIを利用して,製品の動作を使用環境に応じて最適化するPoCを行い,その計画と実施結果をPoC報告書として,定例会で説明した。2年目の今年度も,新しいデータを使って2回目のPoCを予定している。

(2)営業部門では,受注データを分析して営業戦略の立案に活用することを試行している。今後は,保守サービス部門のデータも含めた分析を検討している。

(3)品質管理部門では,製品部門のデータと組み合わせた分析を予定している。ただし,品質管理システムは,製品番号の下位の枝番レベルの詳細度の品質データを保持していないので,分析には制約がある。

(4)保守サービス部門では,サービス窓口への問合せの分析を踏まえて,チャットボットによる応答の自動化を試行している。ただし,サービスサポートシステムが老朽化しているので,問合せ内容の分析に基づいたチャットボットの回答用データベースを1か月に2回以上の頻度では更新できないという制約がある。

(5)情報システム部門は,自部門のDXを推進するとともに,各部門のDXの案件について,IT環境を準備するなど,実現を支援している。

(6)各部門ともに,DX推進の課題として,活動を進めるための人材が不足していることを挙げており,求める人材像について,様々な意見が出ている。

(7)各部門ともに,他部門のデータも活用したいというニーズが大きくなってきている。一方で,他部門へのデータの提供可否判断や,データ内容の正確性や網羅性の確保について,責任や権限が不明確なため,活用が困難という意見がある。

 

〔情報システムに関係した施策の状況〕
 T氏は,予備調査として,更に情報システム部門の関係者にヒアリングを行い,情報システムに関係した施策の状況を把握した。その概要は,次のとおりである。

(1)基幹システムには,老朽化して,業務と整合がとれなくなったり,システム運用効率が低下したりしているものがある。そのため,2年前に,各部門とともに,業務との整合性とシステム運用効率の観点から現行システムを評価して,"システム再構築計画”を策定した。現在もその計画に沿って,再構築を進めている。

(2)3年前に,社内におけるIT人材の不足が問題となった。P社では,人材確保のためには,前提として,求める人材像を明確にするという方針のもとで,人事部門が中心となって,P社としての人材類型定義書を作成している。そこで,人事部門と協議して,人材類型定義書の中で,求めるIT人材像を定義した。人材類型定義書は,毎年1回,人事部門が中心となって見直すことになっている。

(3)P社では,過去にプロジェクトで遅延や目標未達が発生したため,重要プロジェクトにおいては,できるだけ進捗管理指標を設定するように運用している。

 

本調査のための検討
 予備調査の内容を基に,監査室長(以下,室長という)とT氏は,本調査のための検討を行った。そこでの両氏の発言内容(抜粋)は,次のとおりである。

T氏:現行の基幹システムが老朽化しているので,各部門のDX推進にとって制約となっているように思います。

室長:それは,DX推進における大きなリスクだね。一方で,実施できるIT投資の規模には限度があるので,全ての基幹システムを刷新することは困難だろう。

T氏:そのリスクを低減するためには,刷新の優先順位付けを行い,“システム再構築計画”を見直す仕組みがコントロールとして有効と考えられます。

室長:2年前の“システム再構築計画”は,業務との整合性とシステム運用効率の観点から現行システムを評価して,策定されていたね。

T氏:見直す際には,①品質管理部門や保守サービス部門でDX推進の制約となっている状況にも対応できるように,現行システムを再評価する必要があります。そのような再評価も踏まえて“システム再構築計画”を見直しているかどうかを,本調査で確認します。

室長:製品部門は,昨年度に続いて,今年度もPoCを予定しているね。

T氏:先進技術の利用に積極的なことは良いのですが,一方で技術の利用そのものが目的となってしまうと,PoCから役に立つ結果が得られないリスクがあります。

室長:②そのリスクが低減できているかどうかを監査する必要があるね。その監査手続はDX-PJの活動目標で示しているPoC実施の考え方を基に考えてほしい。

T氏:各部門にDX推進の人材が不足していることもリスクと考えられます。社外の専門家の協力を得ることも考えられますが,社内の人材確保は不可欠です。

室長:社内の人材確保のためには,社外からの採用,社内での異動及び育成といった施策がある。どの施策にも共通して,DX推進のための人材を確保する上で,前提として必要なことがあるはずなので,その実施状況を確認してほしい。

T氏:それでは,本調査では,③人事部門を対象にした監査も行うことにします。

室長:DX推進のためには,データ活用がとりわけ重要だね。

T氏:そのためには,データ品質の改善や,データ分析環境の整備が必要と思います。

室長:さらには,④データの収集蓄積・活用のための責任と権限を定めたルールの整備も必要になるだろう。

T氏:そのような施策の予定があるかどうかを,経営企画室に確認することにします。

室長:DX-PJの進捗状況を把握していないと,活動目標が,どの程度,達成できているかが曖昧になるリスクがある。

T氏:⑤そのリスクに対応できているかどうかの監査も実施することにします。

 

設問1 本文中の下線①の制約となっている状況への対応として,本調査で確認するべき具体的な内容を,40字以内で述べよ。

 

解答・解説
解答例

 分析に必要なデータが取得できるように“システム再構築計画”を見直して いること

解説

 ー

 

設問2 本文中の下線②の監査を行うための具体的な監査手続を,45字以内で述べよ。

 

解答・解説
解答例

 PoC報告書を閲覧して,活動テーマに即した仮説が設定されているかどうかを 確認する。

解説

 ー

 

設問3 本文中の下線③の監査を行うための具体的な監査手続を,45字以内で述べよ。

 

解答・解説
解答例

 人材類型定義書を閲覧して,DX に必要な人材が明確になっていることを確認 する。

解説

 ー

 

設問4 本文中の下線④について,室長がルールの整備も必要と考えた理由を,〔DX-PJの活動状況〕の内容を踏まえて,35字以内で述べよ。

 

解答・解説
解答例

 他部門のデータを活用するための責任や権限を明確にする必要があるから

解説

 ー

 

設問5 本文中の下線⑤の監査を行うための具体的な監査手続を,45字以内で述べよ。

 

解答・解説
解答例

 DX-PJ 定例会の議事録を閲覧して,進捗管理指標が明確かどうかを確認する。

解説

 ー

 

IPA公開情報

出題趣旨

 DX(デジタルトランスフォーメーション)への取組が,企業の経営において重要となっている。IoT,AI などの技術を何らかの形で活用し始めている企業も多い。一方で,DX を推進する上では,既存システムの老朽化,人材の不足,推進体制・ルールの整備など,様々な課題に直面することもある。そのような課題への対処が十分でない場合は,DX に取り組んでいながら,経営に寄与する十分な成果が得られないリスクがある。DX の推進状況を監査する場合には,そのような DX 推進におけるリスクへの対処ができているかを見極めること が重要となる。
 本問では,DX 推進の課題とリスクを理解した上で,必要なコントロールを想定し,監査ポイントと監査手続を設定する能力を問う。

採点講評

 問 1 は DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進状況を対象とした監査を取り上げた。全体として正答率は平均的であった。
 設問 1 は,DX 推進の制約となっている状況への対応として確認するべき内容を問うたが,正答率は低かった。DX の中でもデータを活用した分析が重要だが,本文で説明されている状況から,必要な詳細度や頻度をもったデータを取得できないことが制約となっていることを理解して解答してほしかった。
 設問 2,設問 3 及び設問 5 は,監査手続を問う内容であり,監査手続として,監査の対象・方法とそれによって確認する事項の二つを求めたが,その両方を明確に記述している解答は限られていた。記述すべき要件の網羅性に留意してほしい。設問 2 は,PoC 実施の考え方を把握した上で記述することを求めているので,本文 の DX-PJ の活動目標の内容をよく読んで解答してほしかった。

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