プロジェクトのリスクマネジメントに関する次の記述を読んで,設問に答えよ。
K社は機械部品を製造販売する中堅企業であり,昨今の市場の変化に対応するために新生産計画システムを導入することになった。K社は,この新生産計画システムに,T社の生産計画アプリケーションソフトウェアを採用し,新生産計画システム導入プロジェクト(以下,本プロジェクトという)を立ち上げた。本プロジェクトのプロジェクトマネージャに,情報システム部のL君が任命された。本プロジェクトのチームは,業務チーム及び基盤チームで構成される。
本年7月に本プロジェクトの計画を作成し,8月初めから10月末まで要件定義を行い,11月から基本設計を開始して,来年6月に本番稼働予定である。T社の生産計画アプリケーションソフトウェアには,生産計画の作成を支援するためのAI機能があり,K社はこのAI機能を利用する。ただし,生産計画を含む日次バッチ処理時間に制約があるので,AI機能の処理時間(以下,AI処理時間という)の検証を基盤チームが担当する。K社はこれまでAI機能を利用した経験がないので,要件定義の期間中に,T社と技術支援の契約を締結してAI処理時間の検証(以下,AI処理時間検証という)を実施する。このAI処理時間検証が要件定義のクリティカルパスである。
L君は,リスクマネジメント計画を作成し,特定されたリスクへの対応に備えてコンティンジェンシー予備を設定し,それを使用する際のルールを記載した。また,リスクカテゴリに関して,特定された全てのリスクを要因別に区分し,そこから更に個々のリスクが特定できるよう詳細化していくことでリスクを体系的に整理するために a を作成することとした。
〔リスクの特定〕
L君は,プロジェクトの計画段階で次の方法でリスクの特定を行うこととした。
(1)本プロジェクトのK社内メンバーによるブレーンストーミング
(2)K社の過去のプロジェクトを基に作成したリスク一覧を用いたチェック
(3)業務チーム,基盤チームとのミーティングによる整理
この方法について上司に報告したところ,上司から,①K社の現状を考慮すると,この方法ではAI機能の利用に関するリスクの特定ができないので見直しが必要であると指摘された。また,上司から次のアドバイスを受けた。
・リスクの原因の候補が複数想定されることがしばしばある。その場合, b を用いて,リスクとリスクの原因の候補との関係を系統的に図解して分類,整理することが,リスクに関する情報収集や原因の分析に有効である。
L君は,上司の指摘やアドバイスを受け入れて,方法を見直して7月末までにリスクを特定し,リスクへの対応を定めた。また,リスクマネジメントの進め方として,プロジェクトの進捗に従ってリスクへの対応の進捗をレビューすることにした。
現在は8月末であり要件定義を実施中である。L君は,各チームと進捗の状況を確認するミーティングを行った。基盤チームから“AI処理時間検証の10月に予定している作業が難航しそうで,想定の期間内で終わりそうにない。”という懸念が示された。L君は,この懸念が,現在実施中の要件定義で顕在化する可能性があることから対応の緊急性が高いと判断し,新たなリスクとして特定した。
〔リスク対策の検討〕
L君はこのリスクについて,詳細を確認した結果,次のことが分かった。
・AI処理時間検証に当たっては,技術支援の契約に基づきT社製AIの専門家であるT社のU氏にAI処理時間について問合せをしながら作業している。その問合せ回数をプロジェクト開始時には最大で4回/週までと見積もっていて,8月の実績は4回/週であった。U氏は週4回までの問合せにしか対応できない契約なので,問合せ回数が5回/週以上になると,U氏からの回答が遅れ,AI処理時間検証も遅延する。今の見通しでは,9月は問合せ回数が最大で4回/週で,5回/週以上に増加する週はないが,10月は5回/週以上に増加する週が出る確率が30%と見込まれる。なお,10月に問合せ回数が増加したとしても,8回/週を超える可能性はなく,10月初めから要件定義の完了までの問合せ回数の合計は最大で32回と見込まれる。
・AI処理時間の問合せへの回答には,T社製AIに関する専門知識を要する。K社内にその専門知識をもつ要員はおらず,習得するにはT社の講習の受講が必要で,受講には稼働日で20日を要する。
・AI処理時間検証が遅延すると,要件定義全体のスケジュールが遅延する。要件定義の完了が予定の10月末から遅延すると,その後の遅延回復のために要員追加などが必要になり,遅延する稼働日1日当たりで20万円の追加コストが発生する。
・何も対策をしない場合,仮に10月以降,問合せ回数が5回/週以上の週が出ると,要件定義の完了は稼働日で最大20日遅延する。
・AI機能の利用に関する作業量は想定よりも増加している。T社の技術支援が終了する基本設計以降に備えて早めに要員を追加しないと今後の作業が遅延する。
L君は,このリスクへの対応を検討した。まず,基盤チームのメンバーであるM君の担当作業の工数が想定よりも小さく,他のメンバーに作業を移管できるので,9月第2週目の終わりまでに移管し,M君を今後,作業量が増加するAI機能の担当とする。次に,問合せ回数の増加への対応として,表1に示すT社との契約を変更する案,及びM君にT社の講習を受講させる案を検討した。ここで1か月の稼働日数は20日,1週間の稼働日数は5日とする。
項番 | 対応 | 効果 | 対応までに必要な稼働日数 | 対応に要する追加コスト |
1 | T社との契約を変更し問合せへの回答回数を増やす。 | U氏1人だけで8回/週までの問合せに回答可能となる。 | 契約変更手続日数10日 | 10万円/日 |
2 | M君がT社講習を受け,問合せに回答する。 | U氏とM君の2人で8回/週までの問合せに回答可能となる。 | 講習受講日数20日 | 50万円1) |
3 | 何もしない。 | ー | ー | 0円 |
注1) M君の講習受講費用のプロジェクトでの負担額 |
L君は状況の確定する10月に入って対応を決定するのでは遅いと考え,現時点から2週間後の9月第2週目の終わりに,問合せ回数が5回/週以上に増加する週が出る確率を再度確認した上で,対応を決定することとした。L君は,9月第2週目の終わりの時点で表1の対応を実施した場合の効果を,それぞれ次のように考えた。
・項番1の対応の場合,T社との契約変更が9月末に完了でき,10月に問合せ回数が5回/週以上の週があっても対応することが可能となる。
・項番2の対応の場合,9月第3週目の初めからM君は,T社講習の受講を開始する。
M君が受講を終え,AI処理時間について4回/週までの問合せ回答ができるのは,10月第3週目の初めとなる。これによって,10月の第1週目と第2週目はU氏だけでの問合せ回答となり,10月第3週目の初めからU氏とM君が問合せ回答を行えるようになる。この結果,要件定義は当初予定から最大で5日遅れの,11月第1週目の終わりに完了する見込みとなる。
L君は,表1の対応による効果を検討するために,問合せ回数増加の発生確率の今の見通しを基に図1のデシジョンツリーを作成した。
図1 問合せ回数増加に対する対応のデシジョンツリー
さらにL君は,図1を基に対応に要する追加コストと,要件定義の完了の遅延によって発生する追加コストの最大値を算出し,表2の対応と追加コスト一覧にまとめた。
項番 | 対応 | 対応に要する追加コスト(万円) | 10月の1週間当たりの問合せ回数 | 発生確率 | 最大遅延日数(日) | 遅延によって発生する追加コストの最大値(万円) | 追加コスト合計の最大値の期待値(万円) |
1 | T社との契約を変更し問合せへの回答回数を増やす。 | ー | ある週で5回〜8回 | 30% | ー | ー | ー |
全ての週で4回以下 | 70% | ー | ー | ||||
2 | M君がT社講習を受け,問合せに回答する。 | ー | ある週で5回〜8回 | 30% | ー | ー | ー |
全ての週で4回以下 | 70% | ー | ー | ||||
3 | 何もしない。 | ー | ある週で5回〜8回 | 30% | ー | ー | ー |
全ての週で4回以下 | 70% | ー | ー | ||||
注記 表中のー部分は,省略されている。 |
9月第2週目の終わりに,問合せ回数増加の発生確率が今の見通しから変わらない場合,コンティンジェンシー予備の範囲に収まることを確認した上で,追加コスト合 計の最大値の期待値が最も小さい対応を選択することにした。
L君は,現時点でのリスクと対応を整理したことで,本プロジェクトのリスクの特定を完了したと考え,今後はこれまでに特定したリスクを対象にプロジェクト完了まで定期的にリスクへの対応の進捗をレビューしていく進め方とし,上司に報告した。しかし,上司からは,その進め方では,リスクマネジメントとして不十分であると指摘された。そこでL君は②ある活動をリスクマネジメントの進め方に追加することにした。
出典:令和4年度秋期 問9
設問1 〔リスクマネジメント計画の作成〕について,本文中の a に入れる適切な字句をアルファベット3字で答えよ。
解答・解説
解答例
RBS
解説
「リスクカテゴリに関して,特定された全てのリスクを要因別に区分し,そこから更に個々のリスクが特定できるよう詳細化していくことでリスクを体系的に整理する」ために作成するものをRBS(Risk Breakdown Structure)といいます。
*WBSのリスク版ともいえるものですが、あまり一般的な用語ではありません。
設問2 〔リスクの特定〕について答えよ。
(1)本文中の下線①の理由は何か。25字以内で答えよ。
解答・解説
解答例
AIに知見のあるT社が参画していないから
解説
冒頭に「K社はこれまでAI機能を利用した経験がない」とあります。
一方、リスク特定の方法は、K社の知見を確認するものであり、的確なリスク特定ができるとは思えません。
ここは、AIに知見のあるT社が参画すべきところです。
(2)本文中の b に入れる適切な字句を解答群の中から選び,記号で答えよ。
- 管理図
- 散布図
- 特性要因図
- パレート図
解答・解説
解答例
ウ
解説
「リスクとリスクの原因の候補との関係を系統的に図解して分類,整理すること」のように、結果がどのような要因によって引き起こされたかを明らかにするのに適した図は、“特性要因図(フィッシュボーンチャート)”です。
設問3 〔リスク対策の検討〕について答えよ。
(1)図1中の c に入れる適切な字句を答えよ。
解答・解説
解答例
遅延なし
解説
XXX
(2)9月第2週目の終わりに,問合せ回数増加の発生確率が今の見通しから変わらない場合,L君が選択する対応は何か。表2の対応から選び,項番で答えよ。また,そのときの追加コスト合計の最大値の期待値(万円)を答えよ。
解答・解説
解答例
項番:2 期待値:80
解説
XXX
設問4 〔リスクマネジメントの実施〕の本文中の下線②について,リスクマネジメントの進め方に追加する活動とは何か。35字以内で答えよ。
解答・解説
解答例
プロジェクトの進捗に従ってリスクの特定を継続して行う。
解説
XXX
IPA公開情報
出題趣旨
AIなどの新技術を活用したシステム開発が増加する中で,プロジェクトのリスクに対して適切なマネジメントを行うことが,ますます重要となってきている。
本問では,機械部品を製造販売する中堅企業のプロジェクトのリスクマネジメントを題材に,リスクの特定,リスクの評価及びリスクへの対応の考え方,並びにデシジョンツリーを用いた対応の評価に関する基本的な理解について問う。
採点講評
問9では,機械部品を製造販売する中堅企業のプロジェクトのリスクマネジメントを題材に,リスクの特定,リスクの評価及びリスクへの対応の考え方,並びにデシジョンツリーを用いた対応の評価について出題した。全体として正答率は平均的であった。
設問1は,正答率が低かった。RBS(リスクブレークダウンストラクチャ)はリスクカテゴリの検討を行うのに有効な手法なので,理解を深めてほしい。
設問2(1)は,正答率が高かった。ブレーンストーミングや,過去のプロジェクトを基に作成したリスク一覧を用いたチェックはリスクの特定に有効な方法であるが,過去に経験のない技術を使用する場合には有識者を参画させるなど,状況に応じた適用が必要であることが理解されているようであった。
設問3(2)は,正答率がやや低かった。追加コスト合計の最大値の期待値は,対応に要する追加コストと,遅延によって発生する追加コストの最大値に発生確率を乗じたものを足し合わせることで求める必要がある。計算式自体は複雑ではないので,落ち着いて計算するよう心掛けてもらいたい。